大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2786号 判決

一、本案前の抗弁として、被控訴人(及び補助参加人)は、まず「控訴人は潅漑排水に関する事業を目的とし、その組合員は右事業により利益を受ける土地(組合区域)の所有者であつたところ、昭和初頭に潅漑排水事業をやめたので、組合区域は消滅し、したがつて組合員の資格を有するものも皆無となり、社団の実体を喪失してしまつたから本訴は不適法である。」旨主張する。

普通水利組合法は、水利組合法(明治四一年法律第五〇号)により潅漑排水に関する事業のため設置され、右事業により利益を受ける土地をもつて区域とし、その区域内で土地を所有するものをもつて組合員とする公共組合である。そして、被控訴人主張のとおり、控訴人は普通水利組合の一つであつたところ、その潅漑排水事業により利益を受けていた農地は明治以来次第に減少し、ついに昭和初頭に至りすべて商工業地または宅地となり、同時に潅外排水事業を廃止したことは、当事者間に争のない事実である。

しかしながら、控訴人が右灌漑排水事業の廃止以前から、工業用雑用水の供給事業を行い、今日までこれを継続していることは弁論の全趣旨により明らかであり、その事業の歴史をみても、証拠を総合すると、控訴人組合は享保年間に三田用水組合と称する団体として発足し、明治二三年水利組合条例により法人格を付与され、その後前記水利組合法に基づき三田用水普通水利組合として設置されたのであるが、その水路が丘陵地を一年中流れ(他には春夏の農繁期だけ灌漑用として流れる用水も存在した)、かつ東京の市街地に近いところにあつたため、当初から灌漑用ばかりでなく、水の落差の利用による水車、動力、紡績、研究所等の工業用水または雑用水の供給にあてられ、明治三〇年頃においても灌漑用水の利用者から徴収する収入より、右工業用雑用の供水事業による収入の方がはるかに多い状況で、後者は控訴人の事業上重要なものであり、その後用水の沿岸が市街地として発展し、かつての農地が商工業地または宅地となるにつれてその傾向はますます甚しくなり、ついに前記のとおり工業用、雑用の供水事業のみ行うようになつたことが認められる。

このように、控訴人組合がその本来の目的事業であるかどうかは別として用水路を保有し現実に事業を行う団体として存在する以上、仮りに被控訴人主張のとおり灌漑排水事業の廃止により本来の目的事業を失つたとしても、そのことは直ちに社団自体を消滅させるものではなくて、ただ組合解散の事由となるに過ぎないと解すべきである。

そればかりでなく、水利組合法第一五条によると、普通水利組合の区域の変更は、組合会の議決または協議により知事の許可を得て行う定めであるから、その手続を経たことが認められない以上、形式的には従来の組合区域はそのまま残つているので、その土地の所有者は組合員となり得るのであり、前記各証拠によれば控訴人組合においては組合規約第三条によつて定められた組合区域内の土地所有者を組合員として反別割の賦課金を徴収していたところ、地目が農地から宅地に変更されるようになつてから、新しい土地所有者から異議が出ることもあつたため、昭和一〇年頃その徴収をやめたとはいえ、依然右区域内の土地所有者を組合員として扱つていることが認められるので、組合員の缺亡を来したということはできない。

そうして、控訴人が土地改良法並びに同法施行法の施行により、昭和二七年八月三日限り解散し、現在清算中であることは当事者間に争がないので、控訴人は清算法人として清算手続の結了まで法人格を有することはいうまでもないから、控訴人が社団としての実体を有しないとする被控訴人の主張は採用することができない。

二、つぎに被控訴人は、控訴人の清算中の代表者は品川区長であるべきであるから、本訴は代表資格がないものにより提起されたもので、不適法であると主張する。控訴人の代表者として本訴を提起した伊藤林蔵が品川区長でないことは争いがない事実であり、水利組合法は土地改良法施行法第八条により水害予防組合法と改称され、同法第三三条第一項には、「都道府県知事は水害予防組合関係地の市町村長の内一人を指定し、その組合の事務を管理せしむべし」と規定している。このように特別法による法人において、その組織や運営につき特別法上種々の規制が加えられているのは、その法人の目的である事業が公共的性格を有するためであるが、その法人も解散して清算手続に入つた場合にはもはや目的である事業の性格から来る特別の規制を必要としないようになるから、民法上の法人の清算と別の扱いをする理由は乏しくなる。それゆえ、本件水利組合の清算手続についても、法律上特別の規定がないから、民法の法人の清算手続に関する規定を類推適用すべきものと解すべきである。そして普通水利組合の解散後の清算手続については、法律上何らの規定もないので、これについても民法上の法人清算の規定に準拠すべきものというべく、したがつて控訴人の組合会において清算人を選任し、清算人会で代表清算人を選任することができることになるから、被控訴人の右主張は理由がない。

(千種 渡辺 太田)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!